2020年夏から秋にかけては音楽映画がたくさん公開されています。
コロナで公開がずれ込んで集中したという事情もあるかもしれませんが、時代がこうした音楽ドキュメンタリーを求めているのでしょうか。
私の知る限り、夏から秋に公開された音楽ドキュメンタリー映画は以下の通り。
真夏の夜のジャズ 4K メイキング・オブ・モータウン ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった ジャズ喫茶ベイシー リアム・ギャラガー:アズ・イット・ワズ ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち マイルス・デイヴィス クールの誕生 スティールパンの惑星
番外編として「ようこそ、映画音響の世界へ」というのもありますが、こちらはいわゆる音楽を扱った作品ではないので、除外しました。
「メイキング・オブ・モータウン」は洋楽を聴く人には説明無用の、1960年代から現在までポップス音楽の歴史を語るのに欠かせない、というよりはここから発生したポップスの歴史があると言えるほど影響力のある音楽レーベル、モータウンの歴史を振り返るドキュメンタリー。
創始者のベリー・ゴーディの生い立ちから、デトロイトの小さな一軒家から始まった小さなレーベルがいかに世界的ミュージックシーンを作り上げ、またアメリカに大きな変革をもたらしたかが語られます。
私はモータウンの音楽がとりわけ大好き!というわけではありませんが、それでも映画中に流れる数々の曲のほとんどは今までにも何度となく耳にしたことがある曲揃いで、それらが生まれてきた背景が語られると理解も深まり、観ているうちにモータウンレーベルに対する愛着が芽生えてきます。
貴重な音声や映像資料もふんだんに取り入れられていて、10歳そこそこのスティービー・ワンダーやマイケル・ジャクソンのオーディションの様子の記録映像などは、音楽好きの人ならば誰でも驚きを持ってうれしくなってしまうこと必至。
他にもシュープリームス(映画ではなぜかスプリームスとなっていましたが、最近はこの表記の方がメジャーなのかな?)、スペシャルズ、マーヴィン・ゲイなど伝説的なミュージシャンの貴重な映像が続々と登場。
この映画が優れているなあと思ったのは、先に紹介したキラキラした明るい面だけでなく、50年代から70年代にかけてのアメリカの黒人が置かれていた状況についても触れていること。
作品の中心テーマではないけれども、現在よりももっとはっきりと差別が行われていた「グリーンブック」の時代に、黒人音楽のレーベルとして出発したモータウンが、人種を超えてアメリカや海外で愛されるようになったことが決して平坦な道ではなかったことを伝えるエピソードが、映画のトーンが暗くならないよう注意深く巧妙に挿入し、作品とモータウンレーベルの存在そのものに深みを加えることに成功しています。
レーベルが単に良質な音楽を送り出すというだけでなく、所属するミュージシャンたちに身のこなしなどを含めたマナー講習を行なっていたということもさらっと紹介されるだけですが、そうした細かい配慮をすることで、レーベルを狭いジャンルの音楽に留魔らず世界へと広げていけたという、経営ビジョンの賢明さを感じさせます。スプリームスが初めて全米で放映される音楽番組に出演するシーンなどは実に感動的です。
また、音楽に政治は持ち込まないという創業以来のポリシーと葛藤しながらも、マーヴィン・ゲイのWhat’s Going Onをリリースした英断も組織としての柔軟性が現れていて、全体のトーンは創始者ベリー・ゴーディの手腕をさまざまな角度からスポットを当てる構成になってはいますが、嫌味でなくポンポンと実にリズミカルに進むので、観ている側はどんどんゴーディとレーベルの魅力に引き込まれていってしまうのです。
もちろん現実的にレーベルを続けていく中で、映画には描かれなかったさまざまな問題もあったでしょうが、全体を通じて立ち上ってくるポジティブなイメージは、世界の分断化が激しくなり、Black lives matterが席巻している2020年の現在に公開されたことに、とても深い意義を与えているように思います。
また、特筆すべきはレーベルが成長していく過程が、躍動感に溢れて紹介されること。これは音楽に限らず、大なり小なり何らかのプロジェクトに関わって、チームでの成功体験を得たことのある人ならその感覚を思い出すと思うのですが、物事が驚くほどにピタリピタリとパズルピースがはまっていき、言いようのない偶然と必然が重なり合ってうねりをなしていく独特のグルーヴ感が作品全体を通じて体感できるようになっています。このリズムとうねりが観るものをモータウンの魅力に引きずり込み、観終わった時に多くの人が「もっとモータウンのことが知りたい。その音楽に触れてわくわくする気分を続けて感じたい。」と思わせる大きな要素になっているのではないでしょうか。
コロナ禍で世間が何となく閉塞感に包まれている今、ポジティブで清々しい気持ちになれるこんな作品があったことが本当にうれしいと思える、よくできたわくわくする音楽ドキュメンタリーです。
作品データ: 「メイキング・オブ・モータウン」 2019年/アメリカ・イギリス/113分 監督:ベンジャミン・ターナー、ケイブ・ターナー 出演:ベリー・ゴーディ、スモーキー・ロビンソン 配給:ショウゲート