センセーショナルだけど、そうじゃない

ある日突然、両親が離婚を宣言し、その理由が「パパが女性になりたいから。」というセンセーショナルな出来事から始まる物語。

さぞや大きな騒動が起こるであろうという予想を覆し、映画はその後案外落ち着いて進んでいきます。

LGBTの当人の苦悩を描いた作品は多くありますが、これは父がLGBTであったと知ってからの11歳の少女の戸惑う心を優しく繊細に描いた作品というところに新鮮さと発見があります。

これが長編初監督作品であるマルー・ライマン自身の経験に基づいているとのことで、主人公の戸惑うエマの姿は監督自身の投影なのかもしれません。

 パパのことが大好きなのに、あまりにも大きな変化についていけず、女性になったパパの存在をシャットアウトしようとするも、やはり無視することはできないという複雑な心理状況が優しく繊細に表現されていきます。

途中にしばしば挿入される家族の思い出のファミリーフィルムが、いかにエマがパパをはじめとして溢れんばかりの愛情の元に育まれていったかを実感させ、家族の形とパパの変化との間で揺れ動かざるをえない切実さが伝わります。

もちろんこの話はLGBTの問題が大前提でありながらも、それだけではない家族の形と愛情の関係について普遍的なテーマを扱っていて、アンノーマルだけどノーマルな家族の問題であることが「パーフェクト・ノーマル・ファミリー」というタイトルに込められているのでしょう。

『夏時間』とも共通する繊細で鮮烈なデビュー作

こうした多感な時代の少女の心の揺れを扱った作品として、2021年に日本で公開された素晴らしい韓国映画「夏時間」とその繊細な描き方についての共通性も感じさせます。奇しくもこちらの作品もダン・ユンヒ監督の初長編作品。初の劇場長編作品を1988年と1990年生まれの女性監督がこれほどまでに瑞々しく、鮮烈に、しかし穏やかでやさしい視点で描いていることに、驚きを隠せません。

今は世界が政治も環境も不安な時代ではありますが、その中でもいつでも変わらない人々のやわらかくてやさしい眼差しがあることに、じわじわと長く心が満たされる切なく美しい作品です。

作品データ:
「パーフェクト・ノーマル・ファミリー」Perfectly Normal Faqaily / En Helt Almindelig Familie
2020年/デンマーク/113分
監督:マルー・ライマン
出演:カヤ・トフト・ローホルト、ミケル・ボー・フルスゴー
配給:エスパース・サロウ