身が引き締まる年始めのお茶会

茶道を嗜んでいると、初釜というものがあります。
初釜とは年始めのお稽古のことです。よそのお稽古場のことはあまり知りませんが私がお世話になっているところはかなり気楽なお稽古場で、この日はお稽古というよりもお稽古場の年始めのお茶会のような感じで、社中と呼ばれる生徒が集まって今年一年のお稽古の始まりの挨拶をします。
この日はいくつかの特別なことがあります。
・先生がお点前を披露してくださる
・床の間に結び柳と呼ばれる飾りが施される
・お菓子が花びら餅である
本当はこれ以外にも約束事があるのかもしれませんが、不案内なので私が把握しているのはそれくらいです。
普段のお稽古で先生にご指導をいただいていますが、お点前を拝見できるのは本当にこの初釜の時くらいなので、お茶会の最中生徒の視線は先生に釘付け。他のお茶会の時よりもお点前の所作を一挙手一投足見逃してはならん!とものすごい集中してみるので、きっと先生の中でも初釜は最も熱い視線を感じる一席なのではないかと思います。

特別な、特別な花びら餅

初釜は色々なことが特別なので本当に楽しみなのですが、特に食に対して人並み以上に興味のある私にとってこの日の花びら餅は本当に大事な貴重なお菓子をいただく機会なのです。

花びら餅なら知ってるよ、という方もたくさんおられるでしょう。お正月の和菓子店で売られている羽二重餅の中に味噌餡と甘く炊いた牛蒡が入っているもの。
でも実はそれは本当の花びら餅ではありません。
元々は川端道喜さんという京都の老舗中の老舗が帝にお正月に献上していたお菓子で、現在もそれは作られていて、「道喜型」と呼ばれています。羽二重餅に甘く炊いた牛蒡が入っているのは一般的なものと同じですが、違いは一般的なものの倍ほどの大きさがあり、味噌餡がいわゆるあんこ的に硬めなものではなくおつゆのようにゆるい甘い味噌がたっぷり入っていて、お上品に食べようとするとぼたぼたと手から汁餡が漏れ出して晴れ着に容赦無く垂れ落ちる悲劇と隣り合わせという、スリリングなお菓子なのです。「道喜型」川端道喜さんは家族経営のとても小さなお菓子屋さんなので、たくさんのお菓子は作れませんから、限られた京都のいくつかのお菓子屋さんだけが許されて「道喜型」を発注のみで作られています。茶道の中でも裏千家の初釜菓子とされているので、お茶を嗜む誰もが召し上がるものではありません。
今では世界のかなり珍しいものも日本で食べられる時代になりましたが、うれしいものの心のどこかで「地球の反対側の郷土料理が世界中で日常的に誰でも食べられるなんて、ちょっとおかしいんじゃないのかな。」という気持ちもしているので、こうした特定の特別な食べ物がある限られたコミュニティでしか食べられないというのは、実は健全なことではないかと思っています。
お金があれば何でもできるし許されるということではないと思うので。
茶道は単なる習い事ではなくて、かなり精神鍛錬の要素が強いものなので、その精神に共鳴して加わっているものだけで共有するもののひとつが、菓子という形をとっているという考えです。
このお菓子をいただくと、「ああ、自分は裏千家の茶道の社中なんだなあ」と実感する特別なお菓子で、その想いがおいしいお菓子をさらに特別なものとして引き上げてくれるような気持ちがします。