陰鬱で残酷で不快な絵本作家の代表?

自宅ごはんを中心に、まあまあ幅広いトピックを扱うくりたです。

エドワード・ゴーリーの優雅な秘密
2019年9月29日(日)ー11月24日(日)
練馬区立美術館

エドワード ゴーリーは2000年に没したアメリカの絵本作家です。日本では柴田元幸さんの翻訳絵本により知られるようになりました。絵本といっても読んだ人をあたたかい心和ませるというのとは対極の、暗く悪意を感じさせるような陰鬱な作風です。『不幸な子供』では、子供達がとくに何か罪を犯したということもないまま、次々にひどい死に方をしていき、オチも何もありません。『おぞましい二人』に至っては、実際にあった連続児童殺人事件の犯人をモデルに寒々さの極地のような作品を描き、執筆を依頼した出版社はじめ、書店からも内容のおぞましさから配架を断られたという不快度満点の作品です。

これだけ読むと、怖いもの見たさでちょっと見てみたいという気はしても、こうして遠い日本にあっても受け入れられ、大規模な巡回展まで開かれるような作家とは思えませんよね。

と言いながらも、私自身20年ほど前にゴーリー作品に初めて出逢って、強い魅力を感じて何冊も本を持っていますし、今回もこうして展覧会に足を運んでいるわけです。

最終日間近に行ったということもあるのか、終日強い雨が降りしきる寒い日、東京とはいえ練馬区立美術館はなかなかな郊外にあるにも関わらず、かなりの盛況でした。

世の中に聖人のような人も稀にいますが、ほとんどは凡人。凡人は善を希求しつつも悪にも憧れてしまうもの。中でもゴーリー作品の不道徳さはとても硬質でストイックなところが残酷ではあるものの生々しさを感じさせず、描き手からも読み手からも距離のあるところが、グロテスクなものへ近づいているという後ろめたさを緩和させ、「危険だけれど危険ではない。」と私たちに思わせて、作品に近づくことへの躊躇を和らげているような気がします。

ダークなだけではない、多彩な作品群

作品の多くは黒のペン一色で緻密に描かれています。通常なら筆などでベタ塗りされるであろう部分も全て細い線で動きや毛並みなどに合わせて書き込みがされていて、硬質な立体感があり、同時にどんな残酷なシーンであってもどこか飄々として常に乾いているようです。

カーテンや柱、壁紙などは本当に緻密に書かれていて、その存在感に何か後ろにあるのではないかとドキッとすることもありますが、対して人物は大抵の絵画の場合もっとも書き込みされる対象であるのに、不思議にあっさりと描かれていて画面から浮き上がっているように感じることもままある、特徴的な画風です。その描き方がさらに直接的な陰鬱さから適度な距離を与える効果を生み出しているのではないでしょうか。

今回は日本で紹介されている陰惨な絵本の他に、実は大のバレエ好きでニューヨーク滞在中はほぼ全公演に通ったというニューヨーク バレエ シアターの公演ポスターや、ハーバード大学在学中に郷里の母へ送った手紙の封筒に描かれた絵、ペーパーバックの表紙など、これまで日本ではなかなか見ることのできなかった作品が数多く展示され、ゴーリーの作品や世界を包括する内容になっていました。

ペーパーバックはやはり彼の作による絵本と共通するサスペンスやホラーといったダークな小説でしたが、バレエのポスターは陰惨さや残酷さは影を潜めていますし、母への手紙の封筒はむしろ愛らしいと表現できなくもないほのかな明るささえ感じます。

生涯猫に囲まれて暮らしたという彼の自画像と共に描かれた猫はユーモラスで、今回の展示で初めてこんなに明るい作品もかける人なのだと驚いたくらいでした。

知的な洞察が複層的な魅力を浮き立たせる

今回の展示は初めて触れるゴーリー作品が多くあったことで、作家自身を深く知り、その魅力の秘密について考える良い機会になりました。

もちろん先に述べたように大いなる魅力のひとつとして、残酷や陰惨といったダークな面は外せませんが、作家として、また人間エドワード ゴーリーとしてはそれだけに留まらない多様な面があったこと。

ハーバード大でフランス文学を修めたという十分すぎる学力に、熱心なバレエ鑑賞者であり、好きが嵩じて衣装や舞台デザイン、果ては脚本まで手がけたという好奇心と冒険心。母への愛情のこもった手紙とイラスト、生涯ずっと6匹の猫を飼い続け、沢山の残酷な絵本の中でも猫だけは悲惨な目に合わせなかったという猫への強い愛情。作品づくりに関しても多くの草案を通して緻密に設計していたこと。

元々日本で人気の絵本でも、言葉遊びや古語を駆使した知的なユーモアは溢れていましたが、それらがダークな作品のためだけに発揮されているのではなく、確かな知力によってある種透徹した視点から描くことで、世の中には良いことや耳に心地よいものばかりでなく、時に不可解で不条理が溢れることもあるという、達観した世界への視点を私たち受け手に無意識のうちに刷り込んでいく。知的な視野の広さが残酷さ、冷酷さの後ろに見え隠れしていることが、強烈な吸引力として働いているのかも知れません。

まさにそういった意味で展覧会タイトルの「優雅な秘密」は膝を打つようなぴったりなタイトルだったような気がします。

日本での巡回回顧展は2016年からはじまり、今回の練馬で終了してしまい図録も完売でしたが、図録は出版物として2020年2月に販売されるそう。ご興味をお持ちの方はぜひこちらの図録で展覧会の後追いをしていただければと思います。

おまけ:

展覧会グッズとして売られていたゴーリー作品のブローチ。非常に繊細かつ緻密な作りで見れば見るほど素敵で、彼の作品を身につけていると思うとわくわくします。数種類ありますが、こちらは『うろんな客』に不条理の象徴的存在として登場している「うろんな客」です。